恒久的なものを愛するあの人に、私は何も与える事は出来ない。


愛しいほどに絶望的な




 さよならという言葉を口の中で繰り返す。それはとても詰まらない言葉で、私の中で何度も浮かんでは消える言葉だ。
 鮮やかに咲いた大輪の花は、必ず朽ちて土に還る。そして、大地の肥やしとなって再び新しい花を咲かせるのだ。美しい花が同じように咲き続ける事は無い。私の体は日々劣化しているし、この想いもずっと同じ形で私の中であるわけでない。
 それは、きっと高居の中でも同じであるはずなのに、彼は永遠を愛し、永遠を信じている。私にはそれはとても愚かで悲しい事のように思うけれど、同時にとても高潔で美しいことだと思う。
 これはどうしようもない相違で、私たちはこんなにも愛し合っているにもかかわらずとても苦しい。
 私は、この変化と終わりのある世界が愛しいのだ。
 だから、この言葉を繰り返す。言葉に出すことの出来ないこの言葉を繰り返すのだ。さよならと。
 けれど、私は高居を愛している。愛しているから言えない。けれどここに永遠は無いだろう。

 高居の体をゆっくりとなぞる。指で舌で唇で、丁寧に舐め上げる。
 輪郭を形作るように。
「美咲」
 高居が掠れた声で私の名前を呼ぶ。それは愛しい人の名前を呼ぶ声で、甘く優しい。その声で呼ばれると、私はとても幸せな気持ちになるのだ。けれど幸せを感じれば感じるほど、同時にとても不安になる。
 この世に永遠というものが無いことを私は知っている。甘い甘い永遠という蜜を信じることが出来るほど、私は夢を見ることが出来なかった。
 それに対し、高居は恐ろしいほどに純粋に永遠を信じている。今まで何も失ったことが無いかのように、彼は永遠を信じ愛している。
 そんな彼が愛しい。そんな彼だからこそ愛しい。だから私は彼に彼の望むものをあげたいと思うのだけれど、そんなものはどこにも無い。
「美咲」
 高居の声が聞こえて私は顔を上げて唇を重ねる。深く深く口付けて彼に身を預ける。固い腕が私の体に絡みつく。とても温かい腕で、私はどうしようもなく幸せな気持ちになる。この腕の温かさは私を絶望的なほどに幸福にする。
「高居」
 彼は私をとても強く抱き締めるから、私はいつも苦しい。苦しくて彼の名前を呼ぶのに、彼はもっと私を強く強く抱き締める。それは私の不安とか不信を全て掻き消すほどに強く優しい。
 幸福と絶望は紙一重だ。この幸福が永遠だったら良いと私だって考えるのだ。
 高居の舌が私の体を舐め上げ、私はその官能に身を震わせる。柔らかいキスの音が耳を撫で、お腹を這う高居の頭を抱き締める。一つになれたらいい。私と高居が一つのものになったら、永遠とかそんなものはどうでもよくなるはずだ。私と高居が別々のものである今が不自然で、一つのものになることが自然なのだ。
 けれど、決して一つのものになれない私と高居はただ体を重ね互いを強く抱き締めあう。セックスでは一つになることは出来ない。高居が私の体の中に入り、私はそれを受け入れる。ただそれだけの行為だ。どうせなら、高居の体ごと全て全て私の体に入ってしまえばいいのに。そうしたら、私は高居の体を離さない。大切に大切に、十月十日母親が赤ちゃんを慈しむように私は高居を慈しみ毎日毎日呼びかける。愛していると。
 官能なんていらない。快楽なんていらない。痛くてもいい、辛くてもいい。ただ高居が私と在ればいい。
 もしかしたら、私は高居以上に永遠を望んでいるのかもしれない。永遠なんて無いと知っているから。
 ヴァギナに高居の舌が挿入され、私は鼻から抜けるような声を上げる。自然と眉根に皺が寄り深く深く息を吐く。愛しい愛しい高居。私は永遠を彼にあげることが出来ないから、永遠を求めている。高居に永遠を差し出すために。
「美咲」
 私は高居の唇を吸う。強く強く。
 愛しい。高居の全てが愛しい。少し傷んだクリームブラウンの髪も、切れ長の目も、少しかさついた唇も、硬い腕も脚も、爪の先まで全て全て全て。
 高居は私のこんなにも苦しい想いを解っているのだろうか。気付かないで欲しい。気付かずにこのままずっと痴人のように私を愛して抱き締めていて欲しい。
「高居」
 私は祈りの言葉のようにその名前を呼ぶ。彼は小さく私に口付け、その体を沈める。深く深く。私の最深部まで。私は彼の全てを受け入れ、祈る。どうか私の想いが伝わりますようにと。
 彼が私の中で果てて、私は安心する。私の体で気持ちよくなってくれるということが私にはとても嬉しい。脱力した高居は、私の頬に口付け、私の体を抱き締め横たわる。薄い汗の匂いの中で、私は目を瞑る。
 彼はきっと気付いていない。私がこんなにも幸福な想いを抱いていること。そしてこんなにも悲しい気持ちになっていること。
 高居を想えば思うほどに、私の中でこの不安は大きなものになるのだ。この恐ろしいほどの幸福と絶望の狭間で、私は同じ言葉を反芻する。
「高居」
 私は彼の胸に手を置いて、出来る限り小さな声で言う。それは呟きに似ている。
 高居はそれをどう取ったのか、私の体を優しく抱き締めた。
 私は彼の胸に顔を埋め、そっと口付け小さく小さく呟いてみる。決して高居の耳に届かないように。私の中でずっと鬱屈としていた言葉。ぐるぐると私の体内を巡っていた言葉。
 私は高居を愛している。愛しているからとても悲しい気持ちになる。こんなにも幸福なのに。こんなにも幸福だから…。
 それは高居の耳には届かなかっただろう。それ程に小さな小さな呟きで、私はその吐息のような言葉と同時に彼の胸にもう一度口付けた。高居は何も無かったように私の髪を撫でた。
 私の中でぐるぐると渦巻いていた言葉は、ジャスミンの匂いの充満した部屋に煙のように消えた。


「さよなら」





end