デタラメなことばかり言う。
 だから君を愛しているというのは間違いだろうか?



イノセンス



 力尽くで捩じ伏せた腕は脆弱で。驚いて思わず手を離すと、梨花は口の端を醜く歪めた。
 それはとても醜悪で、梨花という人間丸ごと醜悪に見せた。
 怯んだ辰都を尻目に、梨花はゆっくりと立ち上がり、足元の男を蹴り上げた。その動きに溜めは無く、咄嗟のことに反応できなかった辰都は、背中から転がり勢いよく咽た。
「やるなら最後までやりなよ。だから、あんたは嫌い。だから、あんたを愛せない。だから、あんただけは好きになれない。わたしを力尽くで捩じ伏せて。わたしを力の限り縛り上げて。わたしの肌を噛み切って。わたしのヴァギナ全てを喰らい尽くして」
 そこで一息つくと、やはり足元のペットボトルのコカ・コーラをごくごくと飲んだ。綺麗なラインを作る白い喉が微かに上下した。
 ああ。あの喉元に喰いついて、君ごと全て食べてしまえたらいいのに。骨と皮だけの君の体。可哀想なくらい脆弱な君の体。体中の痣。痛々しい傷跡。
 例えば、それが梨花への罰なら、一体罪とは何なのだろう。辰都は考える。考えても答えなどでやしない。
「辰都の全てを喰らい尽くしたいと思う。でも、あんたがそれを戸惑う。わたしの体では欲情しない?それならそれで構わない。わたしは永遠にこの欲望を残したまま、あんたを愛すことは無い。いつか、この欲望が限界まで達したら、わたしはあんたをきっと襲う。安部定って知ってる?あれみたいに、あんたを殺して、あんたのペニスを切り取って、わたしはそれを後生大事にする。蝋漬けにしたあんたのペニスで、わたしは何度もオナニーをする。泣きながら、きっと泣きながら」
 梨花は多分狂っているのだと思う。
 真剣な彼女の目を見ながら辰都は軽い絶望を覚えた。けれど、それはすぐに欲望に変わる。この情欲を愛と言わないのならば、一体他の何を愛というのだろう。
 ああ、そうだ。彼女に罪があるのならただ一つだ。
「別に梨花の体に欲情しないわけじゃあない。俺を殺して俺のペニスを切り取り、おまえの好きにするのもそれはそれでいいさ。けれど、俺はおまえを愛しているから、おまえに欲情するから。おまえのその体中の傷に、おまえのその憐れな体に、おまえの不実に」
 そうだ。梨花の罪。
 それは、不実の罪。
 梨花は持っていたペットボトルを床に落とした。ペットボトルの口から、とぷとぷとコカ・コーラ。辰都は、その憐れなコカ・コーラを眺めた。フローリングの床に零れた茶色の液体にはたくさんの埃が浮かんでいた。
 辰都は笑う。
「嘘よ。嘘だわ。そうよ、嘘なのよ。ああ、いつから狂ってしまったのかしら」
「梨花。君は最初から全てデタラメだ」
「そう。そうなの。わたしは辰都の死を望んでいる訳じゃあない」
 世界は歪んでいる。その歪みに気付くことが出来たならば二人は幸せに熟れるのか?それは正しくないだろう。
 梨花にとっての、辰都にとっての平等たる神は欲望だ。情欲ではない、純然たる欲望。追い縋り痛めつけ切り裂く…欲望。
「辰都の体が欲しい。辰都という人間の全てを喰らい尽くしたい。愛してるなんて言わない。愛してなんていない。辰都を喰らい尽くして、わたしという人間に傅かせて、わたしを壊して欲しい」
「俺は梨花を愛している。この愛で、おまえを犯して、おまえを喰らい、おまえの全てを手に入れたい」
 神は平等だ。
 ならば、この世界で狂っているのは誰だろうか。
 梨花を狂っているというのなら、この世界に正常な人間などいない。辰都の情欲を愛といわないのなら、この世界に愛など無い。
 不実の罪。
 それは清廉なる罪。欲望に純粋であるという罪。それを有罪とする世界では、梨花は生きていはいけない。

 けれど、辰都がいる。
 その罪を、与えられた罰も全て受け入れて梨花を愛する辰都がいるから。
 ああ、神はいるのだと。


「あなたのことなんて、愛していない」



end