暴力というのはとても愛しい。


暴力




 そう言った三城に平瀬は曖昧な笑みを零し読んでいたファッション雑誌に目を戻す。
 三城は少し不満そうに煙草の煙を燻らせた。
 三城の煙草を持つ手は赤く腫れている。暴力の証拠がそこにある。
「言っとくけど、暴力ってのは愛情を伝える手段じゃないよ」
 平瀬は、雑誌に目を落としたまま言った。三城の表情は解らないけれど、笑っているだろうと想像がついた。
「おまえ、暴力で解決できないならそれはビョーキだ」
「俺は、病気じゃないよ」
 ふうん。平瀬の適当な相槌に三城はまた不満そうに煙草の煙を吐き出す。
 ゆらゆらと空間をたゆたう煙は中途半端なところで見えなくなった。
「なあ」
 平日の昼間のカフェに人はまばらだ。離れたテーブルに学生風の女の子が二人いる。たまに軽快な笑い声が店内に響く。
 彼女達の笑い声が響いたあとの店内は不自然に静かだ。静かに流れるジャズがまるでそこには流れていないかのように錯覚する。
「愛してるやつとか、大切に思うやつとか、殴ってめちゃめちゃにしてやりたくならないか?」
「ならないな」
「苦痛に歪む顔とかが、すげえ愛しい」
 平瀬は顔を上げる。
 向かいに座る男は、どこか恍惚とした表情をしている。想像しているのだろう。
「おまえ、人を殺す前に出頭した方が良いよ」
「殺して無いのに、捕まえてくれないだろ?」
「なら病院へ行けよ。精神病院」
「暴力とセックスは一緒だと思う。殴ったり蹴ったり…なんて言うか、俺の手が人の肉を抉る瞬間とか射精しそうだ」
 平瀬は小さく笑って煙草に火を点けた。
「おまえ、それ立派な変態だよ」
「あんな恍惚、俺、他に知らないよ」
 深く煙を吸い込んで、長く吐く。紫煙が空調で掻き消えた。
「泣いて懇願する顔とかさ、マジエロいよ」
 煙の先を追おうとしていた平瀬は掻き消えた紫煙の上にある空調を軽く睨んだ。
「三城…おまえ、俺のこと親友だって言ってたよな?」
「ああ。平瀬が一番の親友だ」
「俺のこと、大切か?」
「ああ」
「俺のこと、殴りたいか?」
 平瀬は変わらず、空調を眺めている。
 三城は、質問の意図が解らず、少し思案したふうに目を伏せた。三城の指に挟まれた煙草の火がジジジっと鳴った。
「殴りたいと思った事は無いな。平瀬は男だし、何よりおまえは俺が殴ったら泣いて懇願しないだろ」
「泣いて懇願されたいのか?」
「だから、俺にとって暴力は愛情表現なわけよ」
 視線を変え平瀬は三城を見る。
 三城は何食わぬ顔で煙草を飲んだ。
「おまえ、ほんとヤバイよ」
「平瀬は、俺が殴ったら殴り返すだろ?」
「当たり前だろ。おまえ、俺が黒帯なの忘れるなよ?」
「解ってるし。それに、平瀬を殴って、万が一愛しちゃったら大変だろ」
 ニヤニヤと笑いながら言った三城の言葉に、平瀬は盛大に顔を歪めた。
「平瀬、そんな顔するなよ。男前が台無しだ」
「今、俺はおまえをめちゃめちゃに殴りたかったよ」
「それは、いい傾向だ。変態の世界へようこそ」
「おまえ、そろそろ黙れ」
 そう言うと、平瀬は大きな溜息を吐いて、雑誌に視線を戻した。


「洋司、ごめんね。ごめんね、洋司」
 母という名の女は、三城を殴るたびに泣いて謝った。
 そして、殴っている間中、ずっと三城を「愛している」と呪詛のように呟いていた。
「ママは、洋司のこと愛してるのよ。愛してるのに」
 夜叉般若のような顔から、一変してぼろぼろと泣いて三城に謝る女は美しかった。
 けれど、三城は「ごめんね」と言われるよりも「愛している」と言われる方が嬉しかった。
 だから、殴られるのは苦痛では無かった。
 痛みさえ取り除けば、そこには「愛」という言葉がある。それは三城の心をとても穏やかにさせた。
 気付いたらいつの間にか、自分が女を殴っていた。
 女は哀願する。
「ごめんなさい。止めて、愛しているの」
 謝罪と愛。
 哀願する女を愛玩する。
 愛ゆえにそこに暴力がある。愛しいから殴る、蹴る。
 愛しい人の肌に食い込む指に一瞬の恍惚。大切なものに気持ちを伝える唯一の手段。


「やっぱり、俺、いつか平瀬を殴るかもしれない」
「ハハハ。気持ち悪いな、おまえ」
 平瀬は雑誌に目を落としたまま軽快に笑った。


end